担当編集者が見た「クリシン・ワールド最終章」

なぜいま、世界史なのか? なぜ『最後の作品』が世界史なのか?

生命論としての歴史

日本に関しても、あの蘇我氏がユーラシア(北満州)から東北日本経由で日本列島に渡来してきた騎馬遊牧民の一派であったこと、彼らの登場がその後の日本史の基本フレームになった「二重構造」を生み出したこと、この二重構造が日本の飛躍的な経済発展の起爆剤となったことなど、興味深い指摘がつづられています。

そう。歴史の「全体」を見渡すことで、これまで闇に埋もれ、隠されていた真実が浮き彫りになる。その浮かび上がってくる世界像にこそ、「生命論としての歴史」の真骨頂があると言えるのです。

本書は総ページ数が224ページと、過去の栗本作品と比べて必ずしもボリュームが厚いわけではなく、文章自体も比較的平易です。でも、通史とは大きく異なる視点が各章にギュッと凝縮されている分、そんなにスムーズには読めないかもしれません。​

もちろん、通史と大きく異なると言っても、これまでの歴史書で取り上げられてきた個々の事実が「間違っている」と言いたいわけではありません。問題は視線です。だから栗本氏は言います、「哲学と生命論なき過去の歴史学はすべて退場せよ」と。​
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「社会が生命体であると言って、“ああガイア論のことですか”などという人は何もわかっていないから、この本を読んでもらいたくはないね。​
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冷たいようだが、これはわかる人にしかわからない。まあ、昔からずっと言ってきたことだが……」​

(栗本氏談)

そうは言いながらも、読者に向けてこんなメッセージを遺されています。
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「要するに本書は少なくとも半世紀以上の、経済人類学による真実に対する愛と追求の末の結論を、一度、筋の通った形で後進に伝えておこうというものなのである」​
(「あとがき」より)

​​真実に対する愛と追求の末の結論。……栗本氏の作品には、首尾一貫して、真実に向き合っているがゆえの冷徹さと、同時に、ものが見えるがゆえの絶望から生まれた優しさが交錯しています。​
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本書をじっくり読み進めていけば、読者を突き放した冷たさの向こう側にきっと人に対する「無償の愛」が感じられるでしょう。
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「そういうわけで皆さん、現時点での私の歴史についての遺書をお届けしておく。​遺書というのはオーバーで、残し書きという程度であるべきかもしれないが、いずれにしても本という形ではもう終わりだ。​研究と思索は続けるが、多分、このあとはもう猫について以外は本にはしないだろう。(中略) その意味で読者の皆さんさようなら」​
(「あとがき」より)
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言うまでもなく、「ニューアカ」(ニューアカデミズム)、「朝まで生テレビ」、「料理の鉄人」、「衆議院議員」……メディアのなかを遊牧民のように疾駆してきた栗本氏のイメージは、どれもきわめて表層のものにすぎません。
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その表皮を一枚一枚むいていくと、ユーラシアをはるか超え、宇宙とすらながった唯一無二のクリシン・ワールドが広がっています。ぜひ、手に取ってまずはその世界観を感じとり、そして驚いてください。
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担当編集者としてあえて言います、これが「本当の歴史」なのです、と。

手に取りやすい、でも、とても奥の深い一冊です。一度にはアタマに入ってこないかもしれませんが、栗本氏が言う生命論の本質が汲み取れるにつれて、そのすごさ、面白さがジワジワと効いてくるはずです。​

「長嶋茂雄の勇姿を引退試合で初めて見た」……あなたがクリシン・ワールドに迷い込んだそんな「一見さん」であっても、大丈夫。

「この世界の本当のことを知りたい」という思いがどこかにあれば、きっと栗本氏は「まあ読んでみなさい」と言うはずです。

<プロフィール>

​栗本慎一郎(Shinichirou Kurimoto)

1941年、東京生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了。天理大学専任講師、奈良県立短期大学助教授、米ノースウエスタン大学客員教授、明治大学法学部教授を経て衆議院議員を二期務める。1999年、脳梗塞に倒れるも復帰し、東京農業大学教授を経て、現在有明教育芸術短期大学学長。神道国際学会会長。著書に『経済人類学』(東洋経済新報社、講談社学術文庫)、『幻想としての経済』(青土社)、『パンツをはいたサル』(光文社)、歴史に関する近著として『パンツを脱いだサル』(現代書館)、『シリウスの都 飛鳥』(たちばな出版)、『シルクロードの経済人類学』(東京農業大学出版会)、『ゆがめられた地球文明の歴史』(技術評論社)、『栗本慎一郎最終講義』(有明双書)など。

<記事提供>
心・体・魂をつなぐライフスタイル提案型マガジン
「生命科学情報室」
http://seimei-kagaku.info

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